新宿歌舞伎町は歌舞伎座が無いのに何故歌舞伎町と言うのか?

現在、歌舞伎座があるのは東銀座です。ですが、歌舞伎町と言う地名は新宿にあります。

しかし、歌舞伎町には歌舞伎座はありません。昔、歌舞伎座があったのでその地名が付けられたのだろうか?

気になるので調べて見ました。

現在、歌舞伎町のある所は、昔は東京都淀橋区角筈(つのはず)と言う地名でした。政治家や軍人が多く住んでいた閑静な住宅街だったようです。

ところが、昭和20年の東京大空襲によって東京は一面の焼け野原になってしまいました。

その後、戦後の復興と言う事になるんですが、当時の角筈町の会長だった鈴木喜兵衛さんが、東京でいち早く角筈が復興を成し遂げようと尽力を注いでいたそうです。

そして、壮大な復興計画がたてられました。それが「町中をアミューズメント施設で埋め尽くす」と、いうもので、当時、考えられてアミューズメント施設が、スケートセンター、ダンスホール、映画館、そして歌舞伎座などのプランです。

特に、歌舞伎座は、すでに1889年に東銀座につくられ大変人気だった歌舞伎座を角筈町にも建ててシンボルにしようと考えられていたそうです。計画では1850名が収容できる、当時としてはとても大きな劇場を建てることになり、名前も歌舞伎劇場『菊座』と決まっていたそうです。

その復興計画と同時に、町の名前も一新しようと検討されて、その際に、町の中核となる歌舞伎劇場から取って『歌舞伎町』に決定したそうです。地名を『歌舞伎町』にしたときは、まだ、劇場が完成する前の昭和23年の事。

ところが、その後、戦後の物がなにも無い時代、大きな建築物を建てる場合の規制が国から交付されて、歌舞伎座の建築は断念し壮大な計画は消えてしまったそうです。

その後、歌舞伎座をつくろうとしていた場所には、新宿コマ劇場が建てられました。

【豆知識】
昔は、歌舞伎と大相撲のチケットは歌舞伎茶屋があってそこで購入していたそうです。そのため、お弁当もお茶屋さんで用意していたんだとか。