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外国人と日本人を結ぶ国際交流ができるサービス「ナゴミビジット」

日本に訪れる海外からの外国人の観光客は、年間1000万人以上と言われています。

そんな、外国人観光客と日本人が気軽に交流ができるサービスがあるのをご存知ですか?
『ナゴミビジット』です。

ナゴミビジットの仕組み

世界各国から日本にやってくる旅行者を我が家に招き、普段食べているおうちごはんを一緒に食べながら交流をするシステムです。

交流をすることで、文化の異なる人同士がお互いを認め合い尊敬し合う「つながり」を、世界中に増やす事が目的。

これまでの参加者は、参加国が55か国、ゲスト1110組 2317名の方が参加しています。※2015年8月現在

まず、最初にナゴミビジットの仕組みですが、

ナゴミビジットのサイトからホスト登録します。

登録の手続きが完了したら、次に、サイトに送られてくるゲストからのリクエストをみて、受け入れて交流したいと思う外国人がいたら申請します。

お互いに気に入れば予約が確定し、その後プロフィールを交換して、メールやSNSでやり取りをしてコミュニケーションをとります。

そして、日本に旅行に来た時に、外国人観光客を自宅に招いて2~3時間食事をしながら交流します。

この、ナゴミビジットの一番の目的は、ただ自宅に招くだけではなく、一緒におうちで食事をすることです。

料理を一緒に作りながら食事をすることで、自宅で気楽にお互いが言語交流ができることが魅力なのです。

それを、体験したゲストの外国人の観光客は、「観光するだけでは分からない日本人の生活を実際に見ることができて良い体験ができた。」と、

一方、ホスト側の日本人は「喜んでもらえることが本当にうれしいですし、食事だけなので気軽に参加できる。」との感想。

外国の方と交流をしたいと思っている方にはおススメのシステムです。

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新宿歌舞伎町は歌舞伎座が無いのに何故歌舞伎町と言うのか?

現在、歌舞伎座があるのは東銀座です。ですが、歌舞伎町と言う地名は新宿にあります。

しかし、歌舞伎町には歌舞伎座はありません。昔、歌舞伎座があったのでその地名が付けられたのだろうか?

気になるので調べて見ました。

現在、歌舞伎町のある所は、昔は東京都淀橋区角筈(つのはず)と言う地名でした。政治家や軍人が多く住んでいた閑静な住宅街だったようです。

ところが、昭和20年の東京大空襲によって東京は一面の焼け野原になってしまいました。

その後、戦後の復興と言う事になるんですが、当時の角筈町の会長だった鈴木喜兵衛さんが、東京でいち早く角筈が復興を成し遂げようと尽力を注いでいたそうです。

そして、壮大な復興計画がたてられました。それが「町中をアミューズメント施設で埋め尽くす」と、いうもので、当時、考えられてアミューズメント施設が、スケートセンター、ダンスホール、映画館、そして歌舞伎座などのプランです。

特に、歌舞伎座は、すでに1889年に東銀座につくられ大変人気だった歌舞伎座を角筈町にも建ててシンボルにしようと考えられていたそうです。計画では1850名が収容できる、当時としてはとても大きな劇場を建てることになり、名前も歌舞伎劇場『菊座』と決まっていたそうです。

その復興計画と同時に、町の名前も一新しようと検討されて、その際に、町の中核となる歌舞伎劇場から取って『歌舞伎町』に決定したそうです。地名を『歌舞伎町』にしたときは、まだ、劇場が完成する前の昭和23年の事。

ところが、その後、戦後の物がなにも無い時代、大きな建築物を建てる場合の規制が国から交付されて、歌舞伎座の建築は断念し壮大な計画は消えてしまったそうです。

その後、歌舞伎座をつくろうとしていた場所には、新宿コマ劇場が建てられました。

【豆知識】
昔は、歌舞伎と大相撲のチケットは歌舞伎茶屋があってそこで購入していたそうです。そのため、お弁当もお茶屋さんで用意していたんだとか。